気鋭のプロダクションデザイナーが創造する 映像美術・空間を支える思考、プロセス、ツール
KUCCA
URL:https://kucca-art.com/
屋号:KUCCA(クッカ)
代表:藤枝智美
略歴と事業内容:2014年に独立し、フリーランスのデザイナーとして映像の美術デザインをメインに活動。映像のプロダクションデザイン以外にも、イベント空間、店舗デザイン、ウィンドウディスプレイやウェディングの空間デザインコーディネートまで、幅広く活動を行う
「これでいこう!」と言わせるパースの説得力
藤枝智美氏は、映像美術のデザインやイベント、店舗などの空間のデザインを手掛けるプロダクションデザイナー。屋号のKUCCAは、フィンランド語で「花」を意味する単語を改変した藤枝氏の造語だ。日本では美術監督と訳されることが多いプロダクションデザイナーは本来、映像や空間の美術要素を統括する職能。米国の映画製作でのプロダクションデザイナーは、ロケーションから舞台セット、大道具や小道具、衣装に至る作品全体の美術プランを練るという。衣装の色合いも含めカラーコーディネートまで担当することもある藤枝氏の幅広い活動領域を考えると、プロダクションデザイナーと呼ぶのが適当だろう。
Kis-My-Ft2の楽曲「A10TION(アテンション)」のミュージックビデオは藤枝氏が担当した作品の一つ。出演者たちが歌い踊るメインステージを「(1960年代の)ヒッピー御用達の古めかしいテントやアイテムで構成された、Kis-My-Ft2のメンバーの村のような雰囲気がほしい」「みんなで飛行船を作り上げるストーリーを展開したい」という監督の意図をくんで、廃材や端材、ボロ布切れをふんだんに使用した舞台セットを提案した。
Kis-My-Ft2/「A10TION」Music Video(from「BEST of Kis-My-Ft2」
監督が思い描く映像作品の世界観やストーリーを、舞台セット(大道具)や小道具で具体化する藤枝氏の思考や制作過程は、SketchUpで制作した3Dモデルと手描きパースを組み合わせたユニークなものだ。
SketchUpで作成したセットの最初期案を見せてもらう(下図)。撮影スタジオを模した空間をSketchUpでモデリングし、中央に飛行船、周囲に雑多なオブジェを配置する。この段階では細かく作り込まず、「こんな感じ」程度にとどめるのがポイントだ。ただし、大きさはシビアに、人物とのサイズ感、セットは(工場や美術制作会社〈大道具会社〉の作業場で製作後解体し、スタジオで組み立てる都合上)搬入可能かを常に意識しているそうだ。打合せからデザイン提出まで1~3日ということも多いため、立方体や円柱といったプリミティブ(基本立体)で代用したり、(SketchUp用の3DモデルWebサイト)3D Warehouseにある既製の3Dモデルを流用したりしてスピード化と省力化を図っている。
SketchUpで制作した最初期の舞台セットイメージ。広場の中心には飛行船、
その周りをさまざまなガジェットが取り囲む
セットのサイズ、レイアウトが決定したら画角を決めて2Dの線画パースを書き出す。この線画を下絵にiPadでイメージパースを描いていく。別アングルや別パターンはなく、これ1枚きり。1枚のイメージパースに映像作品の世界観をありったけ投入する。
Procreateで描いた「A10TION」のイメージパース
セットや小道具の素材は特定せずあえてぼかして描いているのは、この時点では予算が決まっていないことと、
イメージが固定化するのを避けるためだ
「1枚の絵を(クライアントや制作関係者に)お見せして、一発で理解、納得いただいて、『これでいきましょう!』と言わせたいんです」と藤枝氏。実際、このイメージパースの出来栄えと雄弁さに多くの人は見入ってしまうに違いない。提案とほぼ同時に美術制作会社(大道具会社)とも打ち合わせることで製作費を見積もる。提案にGOサインが出たら予算に基づいた具体的な打合せに進む。このスピード感や段取りが、特に費用や日程がタイトな映像作品では不可欠なのだという。予算オーバーなら、セットの壁を省いたり、小道具の点数を削ったり。「まずマックスな案を提示してから、予算を考慮して徐々に要素をマイナスしていって落としどころを見出すという感じです。その逆、『何か物足りない』からプラスするようなアプローチでは絶対にいいものはできないから」というのが持論だ。
講堂に銭湯を再現!? キャリアが生きたドラマセットデザイン
藤枝氏は大学を卒業後、美術制作会社のグレイ美術に就職。入社直後からテレビCMの美術デザイナーとして著名な鈴木一弘氏に師事し、映像美術を学ぶ。2014年に独立してもなお、製作から施工、解体・撤去に至る工程や費用にも精通した企画・提案ができるのは、藤枝氏の強みだ。藤枝氏のキャリアがよくわかる作品を一つ挙げよう。
下図の3Dモデルは、2021年に日本テレビ系深夜ドラマ枠“シンドラ”で放映された『でっけぇ風呂場で待ってます』の舞台となった銭湯「鵬の湯」だ。収録中継続して使用でき、料金も割安だったことから大道具会社の敷地内にある講堂にセットを組むことになった。しかし、実際に作るとなるといろいろ支障があった。セットを搬入する開口部の大きさ、カメラや照明などのスタッフが動き回るスペース、セットを設営可能な天井高……。極めつけは講堂につきものの演壇(ステージ)の存在。撮影専用のスタジオにはない問題が山積していた。
『でっけぇ風呂場で待ってます』のプランのベースとなったSketchUpの3Dモデルのスクリーンショットと、銭湯内部の手描きイメージパース
銭湯の内部セットを検討するに当たって使用した3Dモデル(上)とイメージパース(下)。
3Dモデルは最近では製作スタッフにも渡して、セットの寸法や形状確認で使ってもらっている
「慣れたスタジオが一番ラクなんです、頭の中で(シミュレーション)できるので。難しいのがこの事例のような施設にセットを作ること。以前は粘土でミニチュアを作って念入りに検討してからでないと不安で、今のようなスピード感で『できます』とはとても言えませんでした」。
この案件では、講堂の現況を採寸し、SketchUp内の3D空間に再現。そこに銭湯の脱衣室、浴室をモデリングしていった。演壇は、洗い場より一段高い浴槽として組み込むことにした。「この段階で建て込みは終わったようなものです。自分でも安心でき、スタッフにも説得力が増す。『(撮影上の必要があれば)この壁は取り外せます』とか(実際には存在しないがセットの工夫で)『奥行きがあるような構造に見せられます』のように説明できるし、美術制作側も『ここまで作ればいいんだ』という目安になる。しかも『カメラには映らないこの建具は作らなくていいね』といった検討ができて、結果、予算もミニマムになる。これを3Dモデルの中でできるのが素晴らしい」と藤枝氏は語る。
SketchUpで空間を検討し、iPadでイメージパースを描く
ところざわサクラタウン(埼玉県所沢市)の角川武蔵野ミュージアムで2023年4月21日~5月28日の期間、『稲葉浩志作品展 シアン』が開催された。ロックユニットB’zの稲葉浩志の作品集『シアン』の出版と連動した企画展で、「稲葉浩志の言葉」をテーマに、作品集用に撮影された写真やインタビュー、作詞ノート、衣装など多数の資料が展示された。
作品展示会のアートディレクターを務めたのが藤枝氏だ。これまで紹介した映像美術と大きく異なるのは来場者の存在。来場者は立ち止まって展示物に見入ったり、パネルを読んだり、記念撮影したりする。経路も一様ではない。ミュージアム内の専用ギャラリーが会場ではあるが、藤枝氏の主戦場であるスタジオとは勝手が違う。来場者の流れ(動線)や流動性を考慮しないといけない。スタジオではないから、構造柱があったり、展示空間を確保するためブースを設けたりも必要だ。連動イベントゆえ関係者も多い。主催者、発注者はもちろん、稲葉氏本人、所属事務所、そしてファンの視点。打合せでは関係者にプランをプレゼンテーションし、納得してもらわなくてはならない。
「展示物の設置位置や人流などの説明が必要だったので、見せられるデータを心がけました。3Dモデルを動かしながら、『入場して最初に目にするのはこれです』『人はこのように進めます』『オブジェはこの方向からはこう見えます』『来場者にはここに座ってもらいましょう』というように。それに対して『ファンはここにたまるはず』とか『ここで写真を撮るからスペースが必要だ』という関係者の意見や反応もどんどんあって。説得力は抜群でしたし、安心していただけました。3Dはみんなで作り上げるためにも必要でした」
準備期間は3か月に及んだが、映像美術で培った手法をさらに発展させた空間デザインで得た学びと成果は大きかったようだ。
『稲葉浩志作品展 シアン』会場の3Dモデルのスクリーンショットとイメージパース
空間デザインに当たって作成した3Dモデルの一部(上)とイメージパース(中)そして実際に完成した作品写真(下)。
「言葉を紡ぐ人」として作品に向き合う稲葉浩志の実像を表す企画展として、歌詞世界を立体化したオブジェのほか、
会場内のそこかしこに歌詞がちりばめられている
藤枝氏は店舗デザインにも挑戦している。下図は国産のクラフトジンを提供するバーのイメージパースだ。新潟県の健康食品メーカーが、野草を原料とした植物発酵エキスの製造過程で醸造したジンを提供するスタンドバーを、東京の表参道に出店したもので、藤枝氏は「(メーカー名の)“越後薬草”という語、(メーカーが開発した)アルコール飲料商品の清涼な印象のボトル。そうしたイメージから発想しました」とデザインの根源を語る。
2023年7月にオープンした「越後薬草蒸留所 CRAFT GIN STAND」の
内装デザイン検討時の3Dイメージ(上)とイメージパース(中)、実際の店舗写真(下)。
不定形の布、花や草木などのボタニカルな素材が好きだと藤枝氏は話す
SketchUpの3Dモデルでベースのパースを検討し、それをiPadに取り込んでイメージパースを描く――。これが藤枝氏の最近のスタイルだが、「(3Dモデルの)精度が上がれば描くのも楽になるのでしょうが、モデリングに時間がかかったり、下手だったり」と3Dモデリングの習熟を課題にしている様子。しかし、藤枝氏の真骨頂ともいえる布や植栽といった有機物を生かしたデザインは、手描きのプロセスがあってこそ。キーワードを入力するとAIがイメージ画像を生成するSketchUpの新機能「Diffusion」や、布の動きをシミュレーションできるプラグインにはとても注目しているそうだが、デジタルとアナログを「いいとこ取り」したハイブリッドな仕事の進め方は藤枝氏には合っているのだろう。
映像美術から空間デザイン、店舗デザインと活躍の場をどんどん広げている藤枝氏。私たちが今後、「KUCCA 藤枝智美」の名をさまざまな媒体で目にする機会はより増えるに違いない。
「自分はアナログ人間」と言う藤枝氏。
以前は手慣れたアルコールインクのマーカーでないとイメージパースは描けなかったが、
コロナ禍の巣ごもりを機にデジタルスケッチを習得したという
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