宮大工がSketchUpと3Dスキャナで取り組む伝統建築物の改修工事とデジタル保存

吉匠建築工藝
社名:株式会社吉匠建築工藝
URL:https://www.yoshisho.com/
本社:東京都八王子市川口町3555
創業:1975(昭和50)年
棟梁:吉川輔良
代表取締役:吉川宗太朗
事業内容:社寺建築、文化財修理、注文住宅


伝統建築物の現況を点群データで保存する

「現況点群保存図」をご存じだろうか。点群(英語でpoint cloud)とは点の集合体をいい、一般には、xyzの3次元座標で物体を表現した点群データを指す。この図面がどんなものかまずは写真を見てほしい。

現況点群保存図を図書化したデータの一部


内容は平面図や立面図などの各種図面をまとめたもので、建物の現在の状況「現況」を計測し、その結果を「点群」にし「保存図」としたのが現況点群保存図というわけだ。
計測には3Dレーザースキャナという測定機器を使う。現在の土木測量業務でもまだ一般的ではない存在の技術で、建築業務では、歴史的建造物を計測してバーチャルで再現したり、改修に生かしたりした海外事例をたまに見るものの、日本国内での活用はいまだしの感がある。
写真の現況点群保存図は、東京都八王子市の八王子城跡本丸近くにある八王子神社のもの。八王子市の名の由来といわれ、八王子城跡とともに2020年に日本遺産に認定された「霊気満山 高尾山~人々の祈りが紡ぐ桑都物語~」を構成する文化財でもある。
八王子神社は老朽化に加え、2019年の令和元年東日本台風で覆堂おおいどう(覆殿、覆屋、鞘堂とも)が破損。それを機に120年ぶりに建て替えられ、2022年7月に完成した。工事を請け負ったのが、今回話を聞いた吉匠建築工藝だ。現況点群保存図は同社が作成した設計図書の一つなのだ。

宮大工とデジタルという一見ミスマッチな取り合わせ

社名でぴんとくる人もいるだろう。社寺建築や文化財修理、山車の建造修理、古民家再生などを手掛ける宮大工として各種媒体に取り上げられたり、テレビ番組の取材を受けたりすることも多い。
宮大工というと、創業数百年、初代棟梁から十数代…といった職人集団を想像しがちだが、同社の創業は1975(昭和50)年と若い。代表取締役を務める吉川宗太朗氏の父親が株式会社を設立した。ルーツは吉川氏の父親が24歳のときに地元工務店から独立し、鐘楼建築を請け負って以来というから、二代にわたる宮大工の家系である。
吉川氏には別にSketchUpのパワーユーザーの顔もある。一見ミスマッチな宮大工とデジタルの取り合わせに興味を抱く人も多いに違いない。
「現場の空気を吸って生きてきた」と話すように、吉川氏は幼い頃から、父親について工房や現場に出入りするのが日常だった。「宮大工の仕事にはアートセンスが問われる部分がすごくあると思う」と言う吉川氏にとって、かねてから触れているピアノやバイオリンやチェロなど流麗なフォルムの木製弦楽器と伝統建築は通じ合うのだろう。現在会社経営は兄弟二人で、職人を統括する棟梁は父の輔良氏と、役割分担して今に至っている。

話を聞いた同社代表取締役の吉川宗太朗氏。吉川氏の背後にある書棚には改修を担当した(一部の)建物の
スクラップブックや父親が集めたという建築の専門書や写真集など資料がぎっしり


中高生時代からパソコンに関心があった吉川氏。お気に入りは3次元でインテリアをデザインするソフトウェアだった。3Dソフトをいろいろ試すうちに知ったのが、Googleがリリースし、直感的な操作とプラグインによる拡張性で評判になったSketchUpだった。「アイコンをたよりに長方形を描いて[プッシュ/プル]ツールをクリックすると、立体がすっと立ち上がって…。『え、なにこれ!』と衝撃が走った」と出合いを振り返る。
入社後も3Dモデルへの興味は尽きないどころか、宮大工への応用に向き、「なんとかならないものか」とずっと悩んでいた課題も後押しをした。
「宮大工にとって施工図はとても難題なのです。曲面と曲面が合わさった箇所、異なる角度で部材が合流する部分。これらを施工図では“回し”て、つまり正面や平面、側面、斜めなどから投影して表現するのですが、2次元CADで書いていた当時、挫折しそうになるほど膨大な量の図面が必要でした」
複雑な形状を簡便に施工図で表現したい要望と、「答えはきっと3Dにある」という漠とした確信。それがSketchUpに触れたことで「SketchUpで建物を3Dモデルにすれば、どの方向からの“回し”も容易に、何枚でも図面化できる」というひらめきにつながったのだろう。

周辺の点群データとSketchUpでモデリングしたお堂と客殿のスクリーンショット


3Dスキャナ導入で大きく変わった現調風景

くすぶっていた問題意識が、ちょっとした体験やヒントでブレイクスルーしたといえば、3Dレーザースキャナの活用も同様だ。
社寺建築や古民家の改修では、施工時の図面がなかったり、残っていても増築や改修を経るうちに現況と合わなかったりすることが少なくない。そのため改修工事の見積りには現地調査(現調)が欠かせない。一般に多くの現場で行われているのが、コンベックス(巻き尺)で建物外部や内部の寸法を測り、柱や梁を数え、経験や想像で補いつつ実測図を作っていく方法だ。同社でも従来はこの工程に最短でも1週間を要していたという。

現地調査で作成した実測図の一部。手書きスケッチの写真


その割に「手作業で測るので寸法は正確ではないし、見落としもある。何より受注できるかわからない状況で時間をかけるのは、経営的に妥当なのか」とずっと疑問だった。当時は撮影した現況写真からパソコンで線を抽出して印刷し、現地で寸法を書き込むなど、現調の手間を減らしつつ精度を上げる工夫もした。
じきに、とあるソフトウェアベンダーの担当者がSketchUpのユーザー会(スケッチアップ・ユーザーグループ)で見せてくれた、点群で構成された地形モデルを思い出した。思いつくキーワードでネット検索したところ、建物を3Dスキャンする海外の動画に行き当たった。気が付くと動画に登場する3Dスキャナを開発・販売するニコン・トリンブル本社にノーアポで駆け込んでいたそうだ。そして今この場でデモンストレーションをしてくれないかと頼んだところすぐ目の前でそれを見せてくれた吉川氏は落胆に近い衝撃を受け、その場でTrimble X7の購入を決めた。X7 Field linkでの日本の建築ユーザー導入第一号だった。
「だって目の前で3Dスキャンした空間が、ものの1、2分でパソコンの中に再現されるんですよ! 現調に1週間、現況建物のモデリングに3週間かかっていた工程が、わずか6~7時間で済むのですから、20倍以上の効率化が図れる」と決断の理由を語る。「いかに早く寸法を採取して作図・積算をするのかが重要なので良い車を買うより3Dスキャナを買ったほうが断然いい。現調のたびに効果が表れるのですから、その積み重ねは大きい」と吉川氏は熱を込めて語る。

現場でTrimble X7を操作して計測する吉川氏


3Dスキャナ導入後の同社の仕事の流れを整理しておこう。改修対象の建物が建つ現地で3Dスキャンを実行する。対象物と3Dスキャナの間隔は60cm程度あればよいので、隣家が近かったり、背後に仮囲いや仮設足場があったりしても測定可能だ。計測結果はその場で点群データに処理し、タブレット端末でチェックできる。結果に納得がいかなければ再実行する。この作業を繰り返して現調は完了となる。
事務所に戻って、点群データをSketchUp Studio付属のプラグインScan EssentialsでSketchUpに取り込めば、現況とうりふたつのデジタルツインがパソコンに再現される。正に「現場をオフィスに持って帰る」ということが実現できた。あとは建物の任意の箇所の寸法を測ったり、改修部分をモデリングしてはめ込んだりと、使い慣れたSketchUpで思うままに扱える。柱や梁を拾い出し、積算にも連携させている。社員全員がパソコンやSketchUpを操作することがモットーの同社で、3Dモデルを中核にした一連のワークフローが実現できたのだ。

八王子神社の現況点群保存図と、点群で表現されたSketchUpモデル。
「現況点群保存図をはやらせたい、広めたい」というのが吉川氏の願いだ


受注が決まればLayOutで寸法を入れ、施工図や墨出し図、現況点群保存図へと、活用用途はさらに広がる。「結局のところ建築は数字、寸法に尽きる」が持論の吉川氏にとって、こうやって確立した業務スタイルは現時点の最適解といえるだろう。

点群データをLayOutに書き出し、寸法線を入力した図面データ


伝統建築物をデジタルツインとして後世に残したい

本業のほかに吉川氏が気にかけているのが伝統建築物のデジタルによる伝承だ。文化財としての側面がある伝統建築物をデジタル空間(仮想空間)に再現したデジタルツイン(モデル)として後世に残したい――。
「写真や映像ではたたずまいを知ることはできますが、尺度や寸法が取り出せません。しかし、3Dモデルならわかる。そこにデジタルで残す意義があるんです。その活動を生涯を通じてやっていきたい」と吉川氏。
活動は自社施工の物件にとどまらない。実際、立命館大学理工学部の有志たちが進める4D for Innovation Lab.での膳所城デジタル復元プロジェクトではキャンパスを訪れたりメタバース上で学生にアドバイスを与えたりしている。今後は城郭建築に詳しい宮大工仲間も巻き込んで、大学生たちに伝統建築物やデジタル化のエッセンスを伝えたいという。
有名古刹の改修、歴史的人物の邸宅復元、施主が夢に見た建物再現など、同社では取材当時も数多くの案件が同時進行していた。それらはいずれ吉川氏へのインタビュー、スケッチアップ・ユーザーグループなどを通じて披露されることだろう。公開を楽しみに待ちたい。

吉川氏のデスク周りとSketchUp実行環境。メインで使用するパソコンはBTOで組んだ高性能マシンで、
グラフィックスボードはQuadro RTX 8000を選択。トリプルモニタ構成で、
SketchUp起動時は真ん中のモニタに作図エリア、左右モニタにトレイを分けて割り当てている。
お気に入りのプラグインはCurviloftだそうだ


作業場風景、取材当時、宮大工のみなさんが黙々と墨出し、手加工を行っていた




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