アナログ人間の堂宮大工が挑む
歴史的建造物のデジタル化への期待と憂い

岩瀬社寺建築
社名:岩瀬社寺建築株式会社
URL:https://www.facebook.com/Iwaseshajikentiku/
創業:2010(平成22)年
代表取締役:岩瀬竜也
事業内容:寺社建築の新築、改修、文化財建造物の保存修復工事

代表の岩瀬竜也氏が解体・建て直しを担当した江戸初期の書院

 

“すごい”建築物を建てる堂宮大工になりたい

この3Dモデルは茨城県桜川市の古刹椎尾山薬王院の三重塔で、実物は標高200mの椎尾山中に建つ同寺のシンボル的存在だ。





<上段:三重塔の写真点>
<中段:三重塔の点群「正面図」>と<中段:三重塔の点群「断面図」>
<下段:三重塔3Dパース2点>

中段は、現地に建つ三重塔を3DスキャナTrimble X7で計測し、得られた座標データ(点群データ)を点群処理ソフトウェアRealWorksで3D処理、SketchUpに読み込んだ状態(プラグインScan Essentialsを使用)。下段はこの点群データを参照して制作した3Dパース

制作したのは岩瀬社寺建築棟梁の岩瀬竜也氏。2016年前後に担当した桜川市内の寺院改修が縁で、同市内の薬王院三重塔が重要文化財指定を目指し、申請のための図書類を必要としていると聞いた。当時、ある経緯から3Dスキャナを導入し、既存建築物の3Dモデル化・図面化業務にかかわり始めた頃で、事業として一本立ちできるか模索していた。一棟丸ごと計測し、外観、構造、彫刻などの3Dモデルをパソコンの中に(デジタルツインとして)構築し、各種図面を制作できるか試してみたい。加えて、講師を打診されていた2023年9月開催のSketchUp関連イベント(3D Basecamp Tokyo 2023)の題材にも適していそうだ。こうした事情を寺院や市担当者に説明し、理解を得て制作したのがこの作品だ。

薬王院三重塔に登り、3Dスキャナで計測を行う岩瀬氏。薬王院三重塔は1704(宝永元)年、桜井瀬兵衛(瀬左衛門)を棟梁として建立された。三代とも四代続いたともいわれる桜井瀬兵衛は現在の茨城県や千葉県を中心に活躍したが、岩瀬氏は以後、奇しくも桜井氏一門による作事に頻繁にかかわるようになる。本記事タイトル下に写真を掲載した月山寺書院も桜井瀬兵衛によるものだ。

父親が大工だったことから、幼い頃から木造建築は身近だった。なかでもお気に入りが層塔で、堂宮大工は幼稚園児にとって“すごい”存在だった。堂宮大工になって三重塔や五重塔を建てることが将来の夢になった。義務教育を終えると地元の親方のもとで約5年半、木工大工の基礎をみっちり身に付けた。その後、社寺建築も手掛ける工務店に移り、堂宮大工のキャリアを積み始める。

「一口に文化財といっても近代和風、擬洋風などいろいろあります。
二十代の当時、それらは眼中になくて関心はもっぱら社寺、それも中世期が中心でした」。
優れた歴史的建造物の数々に触れた経験を、岩瀬氏は「本当に素晴らしかった」と振り返る

 

国宝・重要文化財の解体修理を行うには、文化財建造物木工技能者という資格が必要になる。資格取得には講習の受講に加え、文化財建造物の修理経験などの実績が不可欠だ。岩瀬氏は経験を積むため、地元の静岡県を離れて歴史ある木造建築物が豊富な関西圏への転居を決意。社寺建築専門の工務店に入社して、国宝や重要文化財の解体修理を担当するかたわら、仕事の合間や休日には奈良や京都、滋賀などの数多くの有名な社寺を見て回った。

本場で触れる堂宮大工の仕事には妥協がなかった。「部材の精度を徹底的に追求して、作業場で全部墨入れして加工して現場に持って行って取り付ける――。これが当たり前で、納まりを現場合わせや仮組するなどということはまったくありませんでした」

堂宮大工は納まりを図面で検討するため、原寸で図面を書く。そこで、「規矩術(きくじゅつ)という技術を必死になって勉強しました。人間国宝が存在するくらい高度で奥が深い技術ですが、それを修得しないと現場できれいに納まる部材を加工できないんです」。やがて現場の棟梁(責任者)を任せられるようになると、門や鐘撞堂、本堂などの図面を、平安や鎌倉、室町各時代の様式に沿って自ら作ることが求められるようになった。
「当初は製図板を出張先に持って行って手書きしていました。出張先では6畳一間に数人が寝起きするような共同生活をしていたので、部屋で製図板を広げるのは気が引けて……。遠慮しいしい図面を書いていたところ、フリーのCADの存在を知ったのと、飲みに行った先で『(スナックのママが)DVDを見るのにノートパソコンを買ったけど、やっぱり使わないから10万円で買わない?』という話」になった。ちょうど10万円の砥石を買うつもりで金を貯めていたところで、悩んだ挙句、パソコンを買うことにした。

場所をとらず、出張先でもマウスさえあれば図面を書ける。「最初は原寸図から始めて、CAD操作に慣れると詳細図も書けるようになって。周囲に『すごい、すごい』なんてほめられるものだから、うれしくて」製図修行に励んだ。図面に書いた建物を頭の中で立体化するのは不思議と苦もなくできた。図面に原寸で書いている部材や組物を、いつか3D CADでモデリングしてみたいと思った。

SketchUpで歴史的建造物の3Dモデリングに取り組む

文化財建造物木工技能者資格を取得して独立したのが2010年、34歳のときだ。本拠を静岡県富士宮市に置き、社寺の新築や解体修理を請け負った。実績を積むごとに受注件数や規模も拡大し、2023年には法人化。現在は金龍山浅草寺(東京都)伝法院の重要文化財建造物の修理工事に十年がかりで取り組んでいる。

一方、歴史的建造物を3Dモデルで再現したい思いはずっともち続いていた。研修で知り合った技能者仲間からSketchUpを教えてもらい、ユーザーグループが開催するグループミーティングに、浅草の現場から近いこともあって定期的に参加するようになった。参加を通じてSketchUpによる3Dモデリングに熱中するが、「複雑な形状の彫刻のディテールをさらに作り込みたい、面を高精度で張りたい」動機から、オープンソースの3D CGソフトや製造業で支持者が多い3Dモデラ―も一時期、試したという。特に後者では一棟丸ごとモデリングできるまでに習熟した。

SketchUpに再び戻ってきたのは、歴史的建造物の修理設計を専門とする団体から持ち掛けられた、「重要文化財建造物の耐震補強に当たり架構図などの構造図を必要としている。建物に足場を架け実測して図面を起こす従来の方法以外に、3Dスキャナで現況を計測して得たデジタルデータをもとに図面を作る方法があると聞いた。堂宮大工であり、デジタルツールや3Dモデリングに長けた岩瀬氏にその作業を頼めないか」という相談がきっかけだった。

3Dスキャンや点群データという技術には岩瀬氏も早くから気にしていた。建設業界での点群データ活用が話題になり始めた約20年前、「建物を3Dスキャンすると現況の座標を点群データとして取得できる。寸法を入れれば現況図を作成できる」というセールストークをよく聞いたものだ。しかし、実際に取得した点群データは膨大で、パソコンなどで容易に加工したり編集したりできるような代物ではなかった。現場での測量作業が楽になる程度で、実用的ではないというのが当時の岩瀬氏の認識だったそうだ。

相談があったのは折しも、点群を3D化したデータをSketchUpに読み込んで加工したりモデリングしたりできるプラグインScan Essentialsがリリースされたタイミングだった。3Dスキャナは高価ではあるが、少し無理をすれば購入できなくもない。引き受けることにしたのは、「新しいことを始めるのは面白いかなと思ったから」と岩瀬氏は振り返るが、歴史的建造物や3Dモデリングへの思いを連々ともち続けた必然の成り行きだったのかもしれない。

このときは、「現場に赴いて3Dスキャナで計測・取得した建物の点群データを(点群処理ソフトやプラグインソフトを介して)SketchUpに読み込み、これをもとに作成した3Dモデルから耐震診断用の図面を作りました。NG診断を受けて検討された補強案をフィードバックしてもらい、現況モデルに補強モデルを重ねて干渉部分をチェックする作業」を繰り返した。最終的に品質、納期、費用とも合格点だったようだ。

これをきっかけに実績を重ね、以降、岩瀬氏は歴史的建造物の改修や耐震補強用の3Dモデルや図面、資料作成を、堂宮大工との二刀流でこなしていくようになる。冒頭で紹介した薬王院三重塔の案件はその後、一棟丸ごと取り組んでみたい岩瀬氏の好奇心で取り組んだものなのだ。

一時期離れ、再開したSketchUpについて岩瀬氏は、「何より操作が簡潔なので、他人にも勧められる。3Dツールとしては手頃な価格ですし。獅子や龍、麒麟、獏などの社寺彫刻のモデリングでは三面図に投影したときに必要な輪郭線をうまく抽出できて、実際に加工に使える図面を作れる点ではほかのツールより格段に優れている」とわかった。「点群データを取り込んでSketchUpでモデリングするプロセスを確立できた今、ほかのツールに浮気する可能性はないでしょうね」

破損した現況ではなく竣工時の状態を再現する

歴史的建造物の3Dモデリングの実際を見せてもらおう。下図は3Dスキャンした小屋組の点群の状態だ。

「人間が入り込めるスペースさえあれば、ハンディタイプの3Dスキャナを持って
屋根裏どころか軒先にまで潜り込んで計測できる」というように、
建物内部の要所要所で3Dスキャンして得た点群データを合成することで、
このような見渡しのよい内部構造を構築できるようになる

 

点群の点と点を結び自動でメッシュを生成する機能は点群処理ソフトに搭載されている。地形測量などでは有効そうだが、後工程での図面化を考えると、点群はガイドとして利用し、SketchUpで一から3Dモデルを作るのがベストだという。


<上段:丸太の点群断面に多角形のSketchを配置した状態>
<下段:梁と垂木のモデリングを終えた状態の小屋組の3Dモデル>
梁や垂木などに使われる丸太は多角形の断面形状をフォローミーしてモデリングする。
曲がり部分には断面を配置して、丸太の曲がりを表現している。
形状はなるべく忠実に再現したい一方、作業効率やデータサイズにも気を配る

 

部材の3Dモデルは、建物本体とは分けて作っている。上段図は升(ます)と肘木(ひじき)の3Dモデルだ(点群は現況)。桁や梁などを受ける升や肘木は、構造材の重量で変形しているのが常だが、変形まで再現してしまっては竣工時の姿はわからない。建物の建築年代や様式を踏まえた部材のサイズやピッチがヒントになるほか、解体工事で「どれくらい破損があるか、瓦の重量で屋根がどれだけ下がっているかなど、都度調査しながら進める」経験をもとに経年変化量も加味する。


<上段:升と肘木の点群データを表示させた状態>
<下段:上の3Dモデル>
彫刻は図面に投影させた状態を想定して、三面図に起こした状態で輪郭線を認識できるよう留意してモデリングしている

 

「堂宮大工の世界では、現況を表した図面は破損図などといい、それなら点群データで事足ります。私が評価いただいているのは、現況と重ねられる竣工時の(3Dモデルと)図面を作れる点で、それがさまざまな用途に利活用できるからでしょう。(堂宮大工の仕事でも)材料を吟味し刻んで、難しい彫刻も自前で加工して取り付けることにこだわるのと同様、点群データだけ納品する仕事は性に合わない。『現況を見て悩み、手をかけて3D化する』、そんな手間暇かけてモノを作るのが好きなんです」


<上段:現況と竣工当時を推測した図面①>
<下段:現況と竣工当時を推測した図面②>
現況と竣工当時と推測できる部材を重ねた建物断面と、変形状況を推測した文章を配置した図面

 

働き方改革の今、堂宮大工はサスティナブルな職業になれるか

出張先で共同生活を送りながら建造物の解体修理を行う堂宮大工の働き方は、「働きやすさ」と「働きがい」の両立をめざす“働き方改革”の現代とは相いれないようだと岩瀬氏は嘆く。堂宮大工の仕事にあこがれて入社を希望する若者はいるが、徒弟制度で技術を会得したかつての育成方法はもはや通用しないだろう。二刀流のもう一方、図面制作の量産への要望は多いが、堂宮大工の経験がある人材を発掘・育成するのには時間がかかる。

岩瀬氏が一時期熱心に取り組んだ、3Dモデルや図面、組物の組み立て手順などのインターネットでの発信も滞りがち。「自分の内臓のエックス線写真を公開しているような気がして。見えないところ、隠されていた部分をあからさまにするのは適切なのかな、昔の技術や構造美を無条件に公開するのはよいことなのかなと自問しています。もちろん勉強熱心な人には大いに見てもらいたいとは思っていますが……」

深い愛情ゆえの苦悩か。憂いながら岩瀬氏は今日も木材を刻み、数年に及ぶ解体修理の現場に通い、3Dスキャンをしに全国の国宝・重要文化財に足を運ぶ。

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