伝説の水城を現代に復活させよ!
膳所城モデリングVRプロジェクト発進

立命館大学理工学部環境都市工学科
社名:立命館大学
URL:http://www.ritsumei.ac.jp/
所在地:衣笠キャンパス:京都府京都市北区等持院北町56-1、びわこ・くさつキャンパス:滋賀県草津市野路東1丁目1-1、大阪いばらきキャンパス:大阪府茨木市岩倉町2-150、朱雀キャンパス:京都府京都市中京区西ノ京朱雀町1
創立:1900(明治33)年(前身の私立京都法政学校)
大学設置:1922(大正11)年
学長:仲谷善雄

学部:法学部/産業社会学部/国際関係学部/文学部/映像学部/経済学部/スポーツ健康科学部/食マネジメント学部/理工学部/情報理工学部/生命科学部/薬学部/経営学部/政策科学部/総合心理学部/グローバル教養学部
大学院:法学研究科/社会学研究科国際関係研究科/文学研究科/映像研究科/応用人間科学研究科/言語教育情報研究科/先端総合学術研究科/経済学研究科/スポーツ健康科学研究科/食マネジメント研究科/理工学研究科/情報理工学研究科/生命科学研究科/薬学研究科/経営学研究科/政策科学研究科/人間科学研究科/テクノロジー・マネジメント研究科/公務研究科
専門職大学院:経営管理研究科(ビジネススクール)/法務研究科(法科大学院)/教職研究科(教職大学院)


お城をデジタル復元する「膳所城モデリングVR」プロジェクト

琵琶湖南端にかつて存在した膳所(ぜぜ)城。1601(慶長6)年に徳川家康によって築城された水城である。「瀬田の唐橋(からはし)唐金擬宝珠(からかねぎぼし)、水に映るは膳所の城」とうたわれた風光明媚な城は日本三大湖城にも数えられる。しかし、1870(明治3)年に廃城、取り壊され、現在は膳所城址公園内の遺構と、近隣の神社に移築された城門などから往時の姿をしのぶのみだ。
膳所城の威容が現在、立命館大学の学生らの手によってデジタルで復元されつつある。



図上は膳所城移築門の実物写真。図中は3Dスキャナーで取得した点群データをSketchUp Studioに付属する
プラグインソフトScan Essentialsで取り込み、データをもとにSketchUpでモデリングした状態。
瓦の一枚一枚がきちん再現されている。図下はScan EssntialsのInspection(検査)ツールを使って点群とモデリングデータを比較したもの。点群とモデル面が±50mm以内の精度でモデリングされていることが一目でわかる。(緑色が50mm以内、赤色は50mm以上の精度)


「膳所城モデリングVR」プロジェクトに中心的にかかわるのは、理工学部環境都市工学科の2回生、足立奈緒氏、佐藤佑哉氏、長澤謙太氏の3人。3人の活動をサポートするのが、環境都市工学科准教授の笹谷康之氏と非常勤講師の山本奈美氏だ。このプロジェクトは学科横断型の科目として理工学部が導入している専門ゼミナールへの発展と、後述する「4D for Innovation」につながる取り組みでもある。
プロジェクトは2021年8月末にスタート。本丸、二の丸、三の丸、北の丸からなる膳所城の正確な3D復元には、遺構調査はもちろん、歴史専門書や古文書、古地図などの資料調査と収集、築城に至った背景や同時代の築城事情、最後の城主である本多家関係者へのヒアリング、土木設計・施工や測量などの技術者、さらには宮大工といった専門家たちのアドバイスも欠かせない。
その苦労を佐藤氏は、「資料をしっかり読み込んでSketchUp Proでモデリングする両立がすごく難しい」と話す。現存せず、情報も不確かな構造物は最終的には、「古文書や古図面を参考に、高さはどれだけあったのか、何層構造だったのか」など推測してモデリングせざるを得ないからだ。
そうしたなか、3Dスキャンによる現況の測量結果は復元の大きな手掛かりになる。プロジェクト開始すぐに地元の測量会社の協力で城門などを3Dスキャニング測量し、点群データを取得してもらった。足立氏は、「樹木が茂っている時期だったため、門のモデリングに不要な部分は除去したり、現況を想像しやすいほかの角度からの点群データを確保したり」と、3Dスキャニング測量と点群データに初めて触れた経験を語る。
CAD演習の授業でSketchUpに興味をもったという長澤氏は、「現存する構造物を優先してモデリングしているのですが、やがて(モデリングの参考に)文書や図面が中心になってくると、梁と柱、壁と柱などのつなぎ目をどう納めたらいいんだろうという疑問も増えてきて、細かい箇所は想像も入ってしまう。私たちは建築の知識が浅いので、各分野のプロフェッショナルなど、いろいろな人の知恵をお借りしながらやっていくことになると思います」と言う。

写真左から長澤謙太氏、佐藤佑哉氏、足立奈緒氏。
モデリングなどの作業は授業の合間や自宅などで行うことも多いそうだが、不定期に集まって進捗状況を確認したり、笹谷、山本両氏のアドバイスを得たりしている。ちなみに理工学部がある「びわこ・くさつキャンパス」(滋賀県草津市)は敷地面積62万m2の広大なキャンパスだ


資料から形状や図面を起こすのは佐藤氏、点群データの利用・管理は足立氏、モデリングは長澤氏とゆるい役割分担があるようだが、現存する城門や櫓(やぐら)のモデリングを終えた後は、蓄積した知見やノウハウを総動員することになるだろう。
プロジェクト初年度は城郭のモデリング、次年度は新2回生を迎えてVRモデルの作成と、大まかな計画はあるものの、明確なゴールは特に定めていない。「(始めてみると)本丸を作るだけでも大変で、(資料調査が限界で)すでに『この部分はAさんに聞いてみよう』という専門家による考察を要する段階に至っているので、本丸完成までが精いっぱいかも」(山本氏)という一方、「私たちはこの膳所城モデリングVRで、『デジタルによる地産地消』をどうしても実現させたいと思っています。モデルができたあかつきには県の観光課に提案して、『膳所城下町をもっと知ってもらう』目的で、まちの再発見やまちづくり、観光にぜひ結び付けたい」と、笹谷氏と山本氏は熱っぽく語る。
予定調和な教育カリキュラムでもなく悠長な研究課題でもない。未知数尽くしのガチンコプロジェクトはどんな経緯や目的で生まれたのか。

土木構造物を3Dで再現する新しいCAD演習の試み

プロジェクトにかかわる3人とも、1回生次に履修した半期のCAD演習でSketchUpを初めて触った。環境都市工学科ではCAD教育の内容を大幅に見直し、CAD製図に加えてSketchUpでの3Dモデリングをカリキュラムに取り入れている。
見直しに踏み切ったのは、従来のCAD演習の内容が土木実務に合わなかったことと、笹谷氏、山本氏とも、土木工学系大学生のCAD能力の低さに危機意識を抱いていたためだ。ゼネコンなどの新入社員向けCAD研修も行っている山本氏は、「土木工学系出身の新入社員のほとんどがCADを扱えないんです。『1回生次にやったけど忘れた』というのがほとんどで、まれにばりばり使える人は『インターンシップ先で教えてもらった』のだと言います。機械工学などの卒業生とは雲泥の差で、土木のCAD教育はこのままではだめだと痛感する毎年です」と嘆く。
そこでCAD演習では、橋梁や道路など土木構造物をモチーフとし、土木実務に通じた教員が担当すること。そして2021年度からは2Dを終えた後に3Dといった段階を踏まず、SketchUpで作ったボックスカルバートの3Dモデルを操作し、各部の寸法を測って2DのCAD図面を起こす新しい方法を試みている。

1回生を対象に秋期から行われるCAD演習の授業風景。講義内容は教室前方の大型スクリーンに投影されるほか、
各デスクの学生と学生の間に設けられたセンターモニタでも確認できる。
学生は教室設置のパソコンのほか、各自のノートパソコンを持ち込んでもよい。


CAD演習が半ばにさしかかるとテキストを参考に高架橋の3Dモデルを作り、終盤には気になる構造物を学生各自が選び、設計図書などを収集しながら現物に忠実にモデリングする課題に取り組むことになる。
図下の鉄道橋は1928(昭和3)年に奈良電気鉄道によって架けられた澱川橋梁で、日本最古級の鉄製トラス橋といわれる。橋梁を現在保有する近畿日本鉄道には設計図書が多数管理・保管されており、学生の要望にも快く応じてくれたという。
構造物の設計者、管理・所有者の調査から、図面や資料を保管する関係者への接触、提供・閲覧の依頼なども課題の一環だそうで、社会人経験のない学生たちにはきわめてハードルが高い。うまくいっても設計図書がなかったり、非公開だったりすることもある。その場合には、国土地理院地図やGoogleマップ、オープンストリートマップなどで形状や寸法を調べてモデリングし、CAD演習の総仕上げに臨む。


課題作品の一例。学生同士で投票し、票を集めた優秀作品については最終授業で教員による講評、
制作者本人によるプレゼンが行われる。図上が澱川橋梁で、図面の寸法単位はすべてフィートだったため、
メートルに換算するのに苦心したとか。



「正確に作ることが得意な半面、曖昧に作ることが不得手なCADに比べ、SketchUpは精密に作ることも、曖昧な情報から形状を作って見せることもできる」点が長けていると、山本氏は3D教育のメインツールとしてSketchUpを採用する理由を語る。
CAD演習の刷新には、他の工学系学部並みにCADを扱える学生養成のほかにもう一つ目的がある。それはCAD演習を通じたアーリーアダプター(流行に敏感で情報収集を自ら行い判断する人。初期受容者)人材の育成だ。

4D for Innovation創出で土木教育からの大変革を起こす

笹谷氏たちは「土木教育からの大変革」を目標に2021年、立命館大学理工学部の教員などを運営メンバーとして4D for Innovation Lab(ラボ)を立ち上げた。ラボは、既存の土木教育では「イノベーションに対応できない縦割り教育のため、現場で使えない学生を卒業させている」と問題提起し、その解決策として

  1. 工学系の分野横断的な教育→学科横断授業
  2. 他の学問との分野横断的な教育
  3. 地域の産官学民金との連携→PBL(Project Based Learning:問題解決型学習)
  4. 大学間の連携

の4つを掲げている。ラボのステートメントを引用すると、「デジタルツインの実現を志向し、4Dデータ作成からXR活用まで担えるT型学生を育成します。この学修を簡易・柔軟・安価に支援するしくみとシステムとして『4D for Innovation』を創出します。具体的には学生が、3D/4Dモデルを制作し、そのサイバー空間でアバターを使い各種データやVR/XR技術を組み合わせて、インフラの利活用を試みます。そして、先進的な課題におもしろさ・楽しさを発見・共有するプロセスを設計し、課題の解決に向けて熱中するコミュニティ」をつくるのだという。
ここで腑に落ちた。製図や3Dモデリング技術の習得に「実社会との交流」という要素を加えたCAD演習を行っていること、演習を通じてアーリーアダプター学生を養成し、企業や自治体の協力・連携を得ながら膳所城モデリングVRを進めていくこと――。これらはこの4D for Innovation創出に向けたワンステップというわけだ。
ところで4Dは、3Dに時間軸や実体験・感覚、現実などを加えた概念とされる。国土交通省が推進する「PLATEAU(プラトー)」に代表されるデジタルツインは4Dの代表格だし、歴史的構造物をデジタル復元し、VRなどで実体験できる試みも4Dだろう。CAD演習の初回授業では、PLATEAUで公開されている3D都市モデルを学生らに見せ、「3年半後の君たちにはこれが常識になる」(笹谷氏)と鼓舞するのだそうだ。

笹谷康之氏と山本奈美氏(株式会社CAD ASSIST代表取締役)。4D for Innovation Labは文部科学省が主導する「大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(Scheem-D)」に応募。2021年10月27日にオンライン/オフラインのハイブリッド形式で行われたUniversity Pitch and Conferenceでは笹谷氏が登壇し、「4D for Innovation〜土木教育からの大変革〜」をアイデア発表した


今後は、1回生のCAD演習を入口に、2回生の「景観計画」「空間情報工学」に発展し、最終的には4回生の「測量学実習」へ展開する予定で、アーリーアダプター学生の中からさらにイノベーター(革新者)学生の醸成を目指す。ラボの運営メンバーも、VR/AR/MR/xR利活用・モデリングの技術者、産官学民金、システムインテグレーター、社会起業家育成の支援者、ゲームクリエイター、アメニティ・インフラづくりの協力者らの連携・協力を得るべく本格活動をスタートさせている。
膳所城モデリングVRの完成、4D for Innovation創出、そして土木からの大変革の成功を期して待ちたい。


PLATEAUは国土交通省が主導する日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト
2021年現在、全国56都市の3D都市モデルのオープンデータ化が完了しており、
各種データをダウンロード、利用できる。

導入事例記事に戻る