建築専門学校の名門が取り組む3D/BIM教育と ニューノーマル時代の人材育成



青山製図専門学校
学校名:学校法人鹿光学園 青山製図専門学校
URL:https://www.aoyamaseizu.ac.jp/
所在地:1号館:東京都渋谷区鶯谷町7-9、3号館:東京都渋谷区桜丘町4-6
開校:1977(昭和52)年
理事長・校長:山﨑輝夫

事業内容:建築デザイン、インテリアデザイン、ショップデザインの教育および
     設計者・デザイナーの育成



在来工法木造平屋建ての軸組をモデリングせよ

縮尺1/30の平面図が1枚。在来工法による木造平屋建て、1LDKの住宅だ。構造図としてほかに基礎伏図、床伏図、小屋伏図、数枚の軸組図。
これらの紙図面とCADデータをもとに、SketchUp Proで軸組モデルを制作する。
(コンポーネントの)構造部材にはレイヤ(タグ)機能を利用して名称を入力すること――。

軸組模型(上)課題の図面(下)

SketchUp Proによる軸組のモデリング画面。実際の建て方に沿ってモデリングするため、
構造部材にどのように力が伝わるのかも直感的にわかる。
図面だけで立体構造をイメージするのは難しいだろうとの配慮で、
木造模型も参考にしてよいとはいえ、3月まで普通の高校生だった大半の学生たちにとってなかなかハードルが高い



これは青山製図専門学校の建築学部1年生全員が夏期休暇前の実技授業で課される課題だ。制限時間は12時間(週2時限の授業4週分)。課題を提出できなければ学生たちに楽しい夏休みはやってこない(2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、大半の授業がオンラインとなったため、課題期限も繰り下げられた)。
「木造住宅の構造を理解し、部材の名称を覚えさせることが課題の目的です。これらの知識は建築を学ぶうえでの基本中の基本だからです」と指導歴18年目のベテラン、建築学部の山田三郎先生は言う。

建築学部の山田三郎先生(向かって左)とインテリア学部の石橋弘次先生



同校の授業形態は、1時限(1コマ)90分の授業を1日4時限。これが月曜日から金曜日までびっしり続く。たとえば2年制の建築設計デザイン科の場合、授業の多くは建築計画や法規、構造力学などのいわゆる「座学」が中心だ。学科中心のカリキュラムのうち、1年次の手書きによる「建築製図」と建築CAD演習に割かれる時間はそれぞれ週2時限(180分)。そして週4時限(360分)をかけて学ぶ「建築設計」が実技の科目である。そのうち前期授業の建築CAD演習の総仕上げがこの課題なのだ。
SketchUp Proによる軸組モデルの制作課題が授業に取り入れられたのは3年前のこと。以前は、紙図面と900mm長の角材を学生に支給して、軸組模型を実際に作らせる課題だった。
「実際に教室で全員が作り始めると端材の処理が厄介で…、模型の管理も保管も大変でした」と山田先生はこぼすが、軸組模型の工作からSketchUp Proによるデジタルモデリングへシフトしたのは、3次元による空間イメージ訓練とパソコンリテラシーの早期取得が目的である。

BIM時代の建築業界が求める人材とは

建築学部4学科、インテリア学部4学科、これらに二級建築士受験対策に特化した「建築設計研究科 建築コース・インテリアコース」を加えた9学科、合計約750人の学生が東京都渋谷区の校舎で学ぶ。

建築学部 建築工学科(3年制)
建築設計デザイン科(2年制)
住宅設計デザイン科(2年制)
建築科(夜間2年制)
インテリア学部 建築インテリア工学科(3年制)
建築インテリアデザイン科(2年制)
商空間デザイン科(2年制)
インテリア工学科(夜間2年制)
建築設計研究科 建築コース・インテリアコース(1年制)

青山製図専門学校の学部・学科



取材で訪ねた1号館校舎は建築家の渡辺誠氏の設計によるもの。当時,時代の先端であったCAD/CAMを導入した設計で、通称「ガンダムビル」として各種メディアで数多く取り上げられてもいるので、目にしたことがある人も多いだろう



四十数年にわたり建築・インテリア業界に多くの卒業生を送り出してきた同校。一級・二級建築士やインテリアコーディネーターなどの資格取得だけでなく、建築・インテリア設計の基礎となる建築知識やプランニング力の養成など、教育水準の高さには定評がある。その同校が授業にSketchUp Proなどの3Dツールを大胆に取り入れた理由は何か。
インテリア学部の石橋弘次先生によれば、SketchUp Proの本格採用以前にも国産3Dモデリングソフトが使われ、建築物やインテリアデザイン作品のモデリングからレンダリングまでを一貫して行っていた。しかし、モデリングのスピード、共有のしやすさからSketchUp Proに変更していった経緯がある。半面、3次元CADの導入には慎重で、教育的配慮から「あえて面倒くさい2次元CADで図面を書きなさい」(山田先生)という方針が徹底されていたのだ。
潮目が大きく変わったのは建築業界でのBIM(building information modeling)の台頭だ。大手ゼネコンや組織設計事務所がBIM導入に本格的に取り組むにつれ、BIMツールを扱える人材の育成が急がれた。3次元CADとBIMツールが本質的に異なるのは、前者が3Dモデル形状の造形に特化するのに対し、後者は3Dモデルに建築物の属性情報をもたせる点だ。計画から設計・施工、さらには運営・維持に至るライフサイクル全般にかかわる情報を建物のデータベースに構築・蓄積するのがBIMの目的であり要諦なのである。
同校では2015年から建築学部、インテリア学部とも、1年次には2次元CADに加えてSketchUp Proを、2年次(科によっては3年次)にはBIMツールの実技演習をカリキュラムに組み込んでいる。SketchUp ProはBIMツールではないが、スケッチするような感覚でプランニングでき、冒頭で紹介した軸組モデルの課題のように、実際の建て方に沿ってモデリングできる利点からBIMツールの入門として採用されている。学生たちは体系化された教育プログラムのもとでBIMを学ぶ。

授業にSketchUp Proを本格採用するに当たっては、山田先生、石橋先生とも、
教材やカリキュラム作成には本当に苦労したという。
写真は石橋先生が製作したオリジナルのSketchUp Proマニュアル。
建築・インテリアのモデリングで必要な機能に絞って簡潔にまとめてある



「BIMツールを使えるのは就職で非常に有利。文系の専門学校のように十数社の就職試験を経て内定というのとは異なり、志望先をしっかり決めて臨めばおのずと内定が出るという状況です。きちんと作った作品があってBIMもできる。口頭で『(BIMが)できます』と言うだけでなく、作品のBIMモデルがあれば説得力が増します」と石橋先生。
実際、同校卒業生の就職先には、ゼネコンやハウスメーカー、組織設計事務所、ディスプレイデザイン会社など、一流の大手企業がずらりと並び、即戦力がほしい企業側の旺盛な採用意欲がうかがえる。
山田先生、石橋先生とも、学生たちにはCGデザイナーやモデラーとは一線を画す存在であってほしいと言う。3Dモデルからパースや動画が容易に作成できるようになって、プランのよしあしではなく見た目で「こんなにすごいのを作れた!」という満足感を抱きがちだからだ。「手軽にきれいに作れるようになったぶん、プランをじっくり練る時間が生まれたはず。模型を作ったりエスキスを手で描いて、しっかり勉強しよう。プランを何度も直されて完成度が高まっていく、その工程を忘れないでほしいと思います」(石橋先生)。

デジタル世代による優秀作品の質・演出に圧倒される

建築学部/インテリアデザイン学部の学生たちには1年に2度のビッグイベントがある。10月と2月に行われる優秀作品発表会だ。前期授業と後期授業の集大成として建築作品/インテリア作品を提出。特に後期の作品は進級設計と卒業制作でもある。
学内の講評会で選ばれた優秀な作品は優秀作品発表会へと進み、ゲストとして招かれる有名建築家、常勤・非常勤を含む全教職員と学生ら数百人を前に、自分の作品をプレゼンテーションする機会が与えられる。作品の発表形態は、3Dパースや動画、模型、プレゼンボードなど手段を問わないが、大半はSketchUp Proで作成した3Dモデルをもとに各種ソフトで表現を加えたものだという。学科で学んだ理論をもとにプランニングし、実技でマスターしたスキルを生かして自分の作品を具現化するという同校カリキュラムの総仕上げである。
既成概念にとらわれない若い感性にあふれた優秀作品はいずれも見事。特に3Dモデルのモデリングとレンダリング品質、動画の演出は、ゲーム世代とかデジタルネイティブという言葉を想起してしまうほど秀逸だ。優秀作品発表会では辛口の講評も珍しくないというが、「学生の作品だから」「不慣れだから(仕方がない)」といった手加減がない真摯な意見や感想は、プレゼンの質の高さがあってこそだろう。

2019年に渋谷区文化総合センターで行われた優秀作品発表会の様子



BIMツールからSketchUp Proを介したり、SketchUp Proでモデリングした躯体や内装は、TwinmotionやLumionでレンダリング・動画出力される。これらのレンダリングソフトの使い方は授業中に基礎を学ぶ程度で、学生が利用するか否かは自主性に任せているのだという。それでもクラスに数人はいるCGに関心が深い学生を中心に、光源やカメラ設定などの応用ノウハウが自然とクラスメイトに伝わり、教え合う形で広まっていくのだとか。「こんなに簡単にレンダリングできていいのかな…。リアルタイムレンダラーというのは本当にすごい」。従来のレンダリングソフトに慣れた両先生の感想だ。


2019年の優秀賞作品「素―自然と人が巡る場所―」(作者:藤枝実由)の動画。
卒業生らの優秀作品はWebサイト「青山製図作品集AOYAMAGALLERY」で閲覧できる



コロナ禍で建築業でもリモートプレゼンが当たり前になりつつある昨今。内容が濃い情報を短時間で的確に伝えたい遠隔地間のコミュニケーションで、3Dは特に有効だ。鉄骨造の詳細部分などをSketchUp Proでリアルタイムにモデリングしながら説明する方法はリモート授業で実践し、効果を実感しているという。同様に打合せでも、スケッチ感覚でその場でぱっとモデリングして相手に情報を伝えられるSketchUp Proはうってつけだ。
修得した建築知識や理論をバックボーンに、ニューノーマルに対応したプレゼンや打合せができる人材になってほしい――。教育者であり、先輩一級建築士でもある二人からのエールだ。

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